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大堀相馬焼 松永窯 江戸元禄期 瓜型土瓶(赤)

江戸元禄期の大堀相馬焼の特徴を生かし、現代の生活にも溶け込むようデザインをブラッシュアップさせたのが、こちらの瓜型土瓶。
実際に残されていた焼き物を徹底的に調査、分析し当時の土を再現して作られました。
コロンとしたフォルムで可愛らしく、家庭でも使いやすい色やデザインにアレンジ。
現代の生活にすっと溶け込みながらも、300年前の浪漫を感じていただける品です。
この土瓶で大堀相馬焼の、福島の歴史に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
¥18,800 (税込)
商品について

江戸元禄期大堀相馬焼
大堀相馬焼は、江戸・元禄時代(1690年ごろ)から320年以上にわたって、福島県双葉郡浪江町大堀の一円で生産されてきました。
しかし、東日本大震災後、原子力発電所の事故に伴い、帰宅困難地域に指定、震災直後は25の窯元すべて強制退去を余儀なくされ、運営は停止せざるを得ませんでした。
その後、2012年より製造拠点を移転し、窯元たちは避難先で作陶を再開しましたが、状況は厳しいまま。
そんな時にヒントになったのは瓦礫の中から持ち出してきた江戸・元禄時代の製品。
大堀相馬焼は江戸・元禄時代に相馬藩の支援のもと広がり、江戸時代後期には100を超える窯元があったといいます。その技術と品質で北海道から関東一円、さらには信州越後まで日用雑器として用いられていました。
当時の製品は現在の大堀相馬焼とは特徴も異なり、華やかな製品も多く作られていました。
江戸元禄期の大堀相馬焼の特徴を生かし、現代の生活にも溶け込むようデザインをブラッシュアップさせたのが、こちらの瓜型土瓶。
実際に残されていた焼き物を徹底的に調査、分析し当時の土を再現して作られました。
コロンとしたフォルムで可愛らしく、家庭でも使いやすい色やデザインにアレンジ。現代の生活にすっと溶け込みながらも、300年前の浪漫を感じていただける品です。
この土瓶で大堀相馬焼の、福島の歴史に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

素材 陶磁器(日本製)
サイズ 直径11.5cm高さ13.5cm
お手入れ 【1】ご使用前 高台(器の底)をご確認ください。
予め高台を滑らかにする作業を行っておりますが、ザラザラしていることがあればサンドペーパー等で磨くことをお勧め致します。
また、ご使用前に一度煮沸していただくことで、汚れや臭いが着きにくくなります。
陶器が全て浸かる程度の水あるいは米のとぎ汁を沸騰させ、弱火で約30分煮沸してください。
30分後、火を止めたら自然に熱が冷めるまで放置します。
熱が冷めたらよく水ですすぎ、十分に乾燥させてください。

【2】ご使用後 カビや汚れが着いてしまった場合には、市販の漂白剤を薄めて浸けてみてください。
ただし、頑固なカビや汚れは落ちないことがあります。
また、上絵等があるものは変色する可能性がございますので、漂白剤のご使用をお控えください。
嫌な臭いが着いてしまった場合には、10分ほど煮沸してみてください。
ただし、臭いが落ちないこともあります。
ご注意 こちらの製品は手作業で製造しているため、サイズ・形・色合いが多少異なる場合がございます。
予めご了承ください。

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大堀相馬焼の苦難

もともと福島県を中心に縁起物として買われていた大堀相馬焼ですが、2011年の震災の際、窯が震災の被害にあっただけではなく、陶器の命ともいうべき釉薬の原料を採っていた場所が原子力発電所の事故により立ち入りが禁止されてしまい、300年という相馬焼の歴史が終わるかもしれないところでした。

その後、福島県ハイテクプラザにより、震災以前に使っていたものと同様の発色をする釉薬が開発され、ひとまずは生産を再開することができました。

しかし、原材料とは別に大堀相馬焼の少し変わった生産体制も問題になりました。

大堀相馬焼では粘土から器を成型する“ろくろ師”と整形した器を焼き上げる“窯元”で分業されており、ろくろ師が各窯元を回る形で生産していました。そのため、「大堀相馬焼といえば青ひび模様の二重焼きで馬が描かれているもの」という他の焼き物より具体的な特徴を持っており、窯自体もろくろ師が回りやすいよう一地域に集中して展開していました。

しかし、震災後の避難により各窯は分散し、いくつかは閉業。相馬焼全体での生産力は大きく現象してしまいます。

その苦境を跳ね返すため、各窯元は粘土から器を整形する過程の一部を担当するなどろくろ師の負担を増やさない形での生産体制を作り上げていきました。

その過程で各窯でオリジナルの商品も多く生まれ"新しい大堀相馬焼"ともいえる姿になりました。

大堀相馬焼の二重焼き

最近では珍しくない二重構造の器ですが、この形が考案されたのは明治維新のころ。
廃藩置県により、藩主からの保護がなくなってしまったため他の地域の焼き物と競争しなければいけなくなったことによって生まれた特徴だといわれています。
まだホスピタリティという言葉もない時代に、既に使う人目線での商品開発をしていたことは驚きです。

※全ての大堀相馬焼の製品が二重焼ではありません。
当店では、商品名に「二重」の記載があるものが二重焼商品です。

必ず左向きの走り駒

“駆け駒”や“走り馬”、もしくはストレートに“左馬”と呼ばれることもある縁起のいい馬の絵ですが、実は焼き上げる窯元によって馬の絵はデザインが異なるのです。物産展や福島へのご旅行の際はそれぞれの違いを違いを楽しむのも面白いかもしれません。


大堀相馬焼の窯元はこちらから